アイドルとオタクと引きこもり

まず、前提として、私は特にオタクや引きこもりに対するネガティブな思想は持っていない。私自信が元々オタクだったわけだし。なお、脱オタしたのは、彼女ができたからだが、他のオタクに対してドン引きしてしまったのもあると思う。

それはともかく、別に偏見はないし、それを理由に批判する意思は全くない

さて、どうも近年、アイドルに自身がオタクや引きこもりの属性を持った人が多いようだ。どうも、それがひとつの素養になっているような気さえする。それがひとつのアイドルらしさのだと。

私が携わっていた限りで見ると、アイドルになるような人というと、その多くは「孤立した女子コミュニティを形成し、かつそれがどこにも伸びていない、孤立したものであることに気づいていない」人が多かった。御意見無用、唯我独尊の自信と傲慢さがアイドルの条件だったのだ。しかも、それをあからさまにするのでなく、一見謙遜しているように見せかけて、もしくは自信がないかのようなことを口にしてはいるが、というのが一般的だった。

結局、どのように言っていても、傲慢で自信があって、例え孤立していても自分のコミュニティがあって世界は自分を中心に回っている人が一般的だったし、その趣味というのも泥臭いものなどは避けられていたように思う。

だが、コミュニティを形成できない、あるいは本当に人と接することを苦手とすることを公言し、実際にそうであるアイドルというのが最近やたら多い気がするのだ。こちらはinsideで見ているわけではないから、事実は異なるのかもしれないが。また、本当にオタク趣味のアイドルがとても多いように感ぜられる。

これは、ファン層においてオタクや引きこもりの割合が高いから、そのような属性を持つことで親近感を持たれ関心を引きやすく、また共通性を感じさせることで無理なキャラクタを作らなくても継続させやすいということだろうか。アイドルを「身近な存在に見せる」テクニックなのかもしれない。

それがアイドルの資質としてどうなのかという部分は大いに疑問だが、以前私が見ていたアイドルの扱いにくさを考えればまだそっちのほうがマシかもしれない。だが、本当に自信がないのならともかく、過剰に自信と自尊心があって、責任感や自己抑止に欠けた人というのは、とにかく付き合っていてしんどい。

ちなみに、大鶴義丹さんが以前、RQがそのような人間性だということを述べていたことがあるが、私としては知り合いの(元)RQがそれとは全く違うベクトルだったので、それには同意しかねる。

ただ、近い存在に錯覚させるというのは、非常に危険であり、また傷つける可能性を持つように思われてならない。

責任感や取り組みという、「プロとしてのアイドル適正」というのは、「好ましい人間性」とは別次元に存在する。ただ、相互に影響するものであり、アイドルに対して高い適正を示すような人が魅力的だとは、私は思わない。

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