バイク生活と彼女の存在

Elder days.

バイクにおいて「彼女」という存在は大概に足枷だ。もちろん、時間共有という意味での有意義さや楽しさはあるのだが、バイクのライディングにおいてはやはりタンデムというのはかなりつまらないもので、実際いままでも、当時の彼女と一緒にいて、タンデムで走行したりして、そして彼女を見送ったら速攻ひとりで乗る、ということが多かったし、大体そうして見送った翌日はツーリングに出かけていた。

昔の彼女に「バイクと私どっちが大事?」と聞かれて「答えようがない」と言ったこともある。全くの別次元でそれぞれに存在するもので、比べることもできなければどちらかを手放すこともありえない、という答えだ。だが、それでも選ぶ必要があれば、バイクをとった可能性が高い。私の体であるバイクの、あるいはライディングの放棄というのは結局のところ、自分をとるか彼女をとるかの話になってしまうのだが。

昔私がどのようなライディングをしていたかについては、ちょっと言及は難しい。ただ、結構ぎりぎりの走りをしていた。私の技量から見れば絶対安全の領域にいたが(非常に大きなマージンをとっていたし、操作ミスやイレギュラーに十分に対応できることを前提としていた)、その走りはあくまで完全に張り詰めた「攻めた精神状態」でなければ到底できないものだったし、集中が乱れたりすれば極めて危険なものだった。

技量がある程度異常に高いから、余裕をもっていても余人にはとんでもないことと映るだろう。もちろん、競技中はそれ以上の精神状態と精神力と集中だった。公道では精神的にもたっぷり余裕をとっていた。競技中はミスする可能性を排除した走りをした。

全力で、自由自在に。それが私とバイクだった。バイクは私の体の一部であり、自律的に体が動かない私にとってただひとつままなるもの。私自信だった。

The dream.

以前のarticleでも言及したが、私は鈴鹿8時間耐久ロードレースに出たい。

十分な速さはあったのだが、結局は免許をとってから始めた私はロードレースのコミュニティから排除されてしまい、上へと上がって行く道はまったくなかった。「ルーキー」というのは免許をとってからはじめた人は対象にされない。当時ルーキー救済システムはなく、あくまでもエリート育成だけだったが。

ロードレースはポケバイ、ミニバイクが一般的となった時代以降ではそこから始めている人たちだけの世界であり、いきなりロードというとミニバイクでの戦歴をきかれ、出場していないというと批判され排除される、そういう世界だった。だから、レース業界ということでいえば、私はあまり好きではない。

で、なぜロードレースをやるかといえば、手っ取り早く私の力を証明するため(見ればわかると思うのだが、見もせずに馬鹿にするような人はかなりいる。ジムカーナでも納得しないので、とりあえずロードでの戦歴が手っ取り早い)と、そのような雑草であっても生え抜きと戦えるのだということを証明するためだ。

なお、これはあくまで真面目に上にあがるための道の話としての「主流でなければそのルートはないよ」という対応に対してのものであり、個人の趣味として走っている人たちからは応援ももらったし、別に批判されたりもしていない。

だが、思わぬことで選手権は難しくなり、また時間的にも金銭的にも今後人生のすべてをフリーズしてレースに捧げられるかというとそうはいかない。だから、8耐なのだ。8耐は世界選手権であり、そこでの走りは単純に証明になる部分もあるし、それに通常の練習走行では走れないほど「たくさん走れる」。金銭的には全日本ST600に出るよりも(得にWECで出るならば)負担は大きいが、そのために使う時間が少なく生活への影響は下げられる。

それなりに具体的な計画も考えていた。

その前にまず国際に上がること、実力を証明すること、金銭的に備えること、きちんと走れる状態にしておくことを前提としてではあるが、諸々の事情から私が参戦できるのは2019年からである。2018年も不可能ではないが、困難すぎる。そのため、2019年の8耐出場を目指す。

体制は、私がどこかのチームでというのは難しいだろうから、持ち出しでチームを結成する必要があるだろう。もしも渥美心さんのTwitterでの反応が興味を持ってくれたためでああるのなら、アピールしてみるのもいいかもしれない、とは思ったが。

誰と組むか、という問題もある。選手権レベルのライダーとなると、基本的に仲良くはない。だいたい、前の時は結局エントリー自体取りやめになってしまったのだし。

希望を言えば、小椋のお姉さん(小椋華恋さん:レーシングライダー)と組めるといいと思う。雑草野良で、5年後というとロートル感あるようなライダーと、乗っている時期のサラブレッド女子ライダー。アピール力はかなりあるだろう。第三ライダーにノスタルジーを誘えるようなライダーか、次世代の若手が入れば完璧だが、ちょっとそれは望みすぎだろう。

それとは別に小椋のお姉さんとは同じレースで走ってみたい気持ちがあるのだが、私はST600だし難しいだろう。

(もちろん、出自と格が違うだろうという声は大いにあるだろう。それは、速さを証明してからの話であるにしても、大胆不敵な発言だと不敵に感じられる方がいるのならば申し訳ない)

Loving for or bike.

昨日、09のナラシで首都高を走ってきた。

私は過去には首都高走り屋(今日風にいうとルーレット族)の友人もいたが、首都高ぐるぐるは2回目だ。そして、前回も大したペースでは走っていない。昨日も、夜になると空車であがってくるタクシーとトータルでは同じようなペースで回っていただけだから、やはり大したペースではない。ナラシのためペースの上下をつけて、各ギアを広く使っていたのだが。

そんなペースで走れば、当然ながら相当に余裕だ。緊張感は持つが、ミスをしたところでクラッシュということは考えにくい。そんなことがあるとすれば誘引くらいだ。

だが、それでもかなり辛かった。ルーレット族車両に巻き込まれる可能性(そうでなくてもぐるぐるしてる車両に巻き込まれる可能性はある)を気にしていたのもあるが、それで事故っても、検挙されても(検挙されるようなペースにはほど遠いと思うが)彼女は悲しむだろうということがよぎってならなかった。

そのせいだろうか。以前のようなピリッとした集中がなく、普通に走っていただけだった。首都高に限らずすり抜けもしようと思わないし、最近は平気で法定速度走行をしてがんがん煽られたり寄せられたり抜かれたり、さらには同一車線上でスレスレを抜かれるわ(原付じゃないんだぞ)割り込まれるわ、停止しているところを横にきてノーズでふさぐようなとまられるわ、ということを経験しているが、それでもそんなふうに遅く走ることも大して苦痛には感じていない。

だから、もう激しい走りは、もういいかな、と思う。かつては安全ではあれ、とにかくスポーツ派のライダーだったことは間違いない。自身がクラッシュしない、飛び込んできた車両がいてもクラッシュしない、人が飛び出してきてもクラッシュしないという走り方だし、例えば生活道路で20km/hで走ったり、自転車を抜かずに延々ついていったり、一時停止をきっちり止まったりというのは昔からだが、それでもとにかくアグレッシヴなライディングだった。

しかし、もっとおとなしい走りでいい。必ずしもスポーツのために乗らなくていい。

首都高をこんなペースで走るだけでこんなにも怖いのなら、私はもうロードレースはできないのではないだろうか。その精神状態に入れずにロードを走れるようには思えない。ジムカーナはちゃんと備えていて深刻な怪我をすることは過去にもきいたことがないが、ロードはやはり危険はある。そうそう死なないが、怪我はする。

だから、彼女を基準にバイクに乗っている。かつては比べる対象になりえないと言ったのに。だが、バイクとシンクロしている時間よりも、彼女が心配すること、彼女が悲しむことのほうが私にとってずっと大きいのだ。

もし将来的にもそれを払拭する術がないのならば、私はバイクを降りる可能性も否定できないように思う。

自分でも困惑してならないほど、彼女が大切で、それと引き換えにできるものなど思いつかない。

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