私が参照した太田出版、元少年A「絶歌」出版への批判にコメント 出版は継続していく意向 という記事のタイトルだけでも、この話題を知っている人ならピンとくるだろう。

私は、ちょっとこの事態に戦慄する。

既に、犯罪被害者という看板を手に入れれば何をしようと、何を言おうと許され、加害者は永遠に常にその思い通りにあらねばならないという風潮が蔓延し、事実上の私刑が公然と許容されている。

その中で言論さえ封殺し、「犯罪者なら犯罪者らしくせよ」と強要することは、憲法を犯し、人権も無視し、もはや常に思い通りである物体として、動物でさえも尊重せねばならぬものを、都合よく蹂躙するための対象として見做すためのものであり、単なる暴力のはけ口としているのだろう。

言論は自由であらねばならぬ。それは何人たりとも侵してよいものではない。 それが気に入るかどうかは別だ。気に入らないというのは自由だ。だが、排除してはならぬ。

自ら言論の自由を冒涜し破棄する向きが近年あまりにも強すぎる。私は極めて危惧する。

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