フリーランスや仕事に対する世間の姿勢

概要

先日も結構怒っていたけれど、今回はかなり怒っている。

まず、先日の話はブログに書いていないので、まずそこからだろう。

クラウドマッチングサービスというものをご存知だろうか? 仕事を探しているフリーランスと、仕事を依頼したい人(個人・法人)の出会いの場を設けるものだと考えればおよそあっている。 業態は、単なる掲示板のようなものもあれば、仲介手数料を取る仲介型のところもある。

フリーランスにとっては仕事を得るというのは大きな課題だ。それが可能であれば、私もサウンドクリエーターを続けるという方法もあったわけだが、実際は「仕事をとってくる」というのは、極めて難しいものだ。

一方で、依頼する側から見れば、競争入札ができるため非常に優位に進められることになる。 加えて、「どこに話をもっていけばいいか分からない」場合でも募集できる。

それだけみれば魅力的に思えるのだが、実際は役に立たないどころか、むしろ害悪だとすら思える。

実態

だいたいが、ニートの巣窟だと見ていい。

私には理解不能な思考回路、感覚、精神性であるため、 解説が必要なものとして考察をするが、それが常識の範疇であるなら申し訳ない。

「働かずに(楽して?)稼ぎたい」という人は一定数いるらしい。 「楽」とか「簡単」の定義は、私と他者とでは埋められない隔たりがあるため、その定義が難しいところではあるが、労働時間が0に近づくほど労働としては楽である、という見方はできるだろう。 0ならば、「何もしなくてもお金が転がり込んでくる」わけで。

明確にやりたいことがあり、仕事がそれとかけ離れていて仕事を最小にしたいのであれば分かる。 しかし、生産的な行為をするためではなく、ただ怠惰や享楽のために「楽をして稼ぎたい」と考えるのは理解しかねる。 だが、フリーランスというのはそれに通じるものであると考える人がいるらしい。

ノマドワーカーという言葉がある。これは、固定的なオフィスをもたず、インターネットを活用して遠隔地で働くワーキングスタイルを指す。 「会社に縛られない、自由だ!」 というイメージからウケてもいるようだ。

だが、そういう問題だろうか? もちろん、ワーキングスタイルは大事だが、「それが選択である」ということを十分に理解し、失うものを理解した上で自らの手で選びとったものなのか??

それ以前の問題として、「社会に出たくない」という心理を煽って「まともに仕事しないでもふらふら遊び歩いてちょっとパソコンをいじればお金持ちになれる、ようなツッコミどころしかない幻想を振りまいているように見える。

私は、それが非常にニート的な発想であると同時に、「ギャンブルで稼ぐ」というような怠惰に流れる感覚に見える。

そして、なぜかフリーランスが同じように捉えられているようなのだ。 それは、する側も、仕事を振る側もだ。

仕事をする側に関して言えば、2ちゃんねるなどでディスカッションをみることができるが、 スキルもないし、やる気もなく、しかし社会に出るのは嫌だけれど仕事をしていることにしたいという意識の人にあふれているように見える。

仕事を振る側については、そのような低次元なものであるということを前提に、 内職感覚で仕事を振ってくる。それがどれほど専門的なものであっても、 「労働対価」という感覚は一切なく、「お店で量販品を買うよりも安く手に入る」という謎の価値基準だ。

そして、価値設定が一定でその基準に照らしあわせているわけではない。 例えば、「100万円も出せば年間何億円も勝手に入ってくるようになる」 というような考え方なのだ。 もちろん、この中に自分が労働するという計算は一切ない。

世の中も仕事も技術も舐めすぎだ

実際にクラウドマッチングサービスで見かけた例だが、

  • 「ウェブサイト制作 1500円」WordPressの導入、カスタム(テーマ、プラグインの制作を含む)、設置、設定を含む「誰にでもできる簡単な仕事」
  • 販売するためのソフトウェアを10000円で作れ

前者については、まぁカスタムがなければ、30万円〜の話だろうか。 カスタムの程度が分からないが、少なくとも150万円では受けない話なのは間違いない。 500万円くらいから考える。

そもそもサーバーはあるのか?サーバー運用は不要なのか?サーバー費用はどうするのか? WordPressの運用はどうするのか?あまりにも不明で、見通しが甘い。仮に受けたとしても、地雷なのは目に見えている。

だいたい、1500円というと、2時間を越えると最低賃金を下回る。 「誰にでもできる簡単な仕事」で「2時間もかからない」と思うのなら自分でやれ。 例え10倍かかったとしても1日で終わる。とと パッケージソフトウェアを買うよりも安い価格で制作が可能だとなぜ思うのか。 1つ売るだけで黒字なんてありえないとは思わないのか。

フリーランスとは何か

私は、これまでほぼフリーランスだ。

サウンドクリエーターとしてのフリーランスは、実質「お抱えになれないから」というだけにすぎない。 ツテがあればプロダクションに入るし、普通に就職する方法だってある。 私がフリーランスを選んだのは、単に中学生で就職することは困難だったし、プロダクションに入るだけのツテもなかった。それだけのことだ。

フリーランスをしていてよかったことは、色々な仕事ができたことだ。 プロデュースと教導の仕事が多かったが、フリーランスでなければ普通サウンドクリエーターのする仕事ではないから、できなかっただろうと思う。 文筆なんかは特にそうだ。

だが、よかったというよりはフリーで苦しかったという気持ちのほうが強い。 とにかく安定していない。社会保障もないし、誰も守ってくれない。新しい現場はフォローしてくれる人もいないからいつもすごく不安だ。 中学生だろうが一人前のプロとして張り合わなきゃいけないし、ナメられたら終わりだ。 必然的に肩肘張って、内心の不安を押し殺して生きることになる。 収入面でも不安定だし、仕事の内容も「色々な仕事ができる」というのは私には魅力だが、別の言い方をすればやることはコロコロ変わるからノウハウが活かせないし、要求される技術もプロジェクトごとに変わる。それに応えられるだけの技術がなければフリーでなんてやっていけない。

社会的な制度や社会そのものに関してはフォローがあったから、それほど苦しまなかったというか、むしろ無知のままでいられたが、それに関しては今まさに苦しんでいる。

つまり、安定だったり、支援だったり、そういうものを振りきって自分のスタイルを維持できることが優先されるのなら選べば良い、という話になる。 安定というのは、同じ作業をしていれば良いとか、同じ技術が要求されるとか、同じメンバーで仕事をするとか、そういうことを含む。

在宅勤務に関しては通勤が必要なくなるから、その意味ではかなり楽になる。 だが、それは「楽ができるように」という話ではない。 そもそも、まずフリーランスとしてやろうとすると、会計処理や事務作業など、会社勤めの時はしなくてよかった膨大な作業が新たに発生する。まず、よほど効率的にこなさなければ通勤時間よりも短い直んでそれを処理することはできない。 勤務時間の算出方法が変わるだけで、通勤時間を含めた労働全体の時間は変わらないか、増える。

しかも、業務効率は特に軌道に乗るまでは猛烈に下がる。 普通、会社勤めをしていれば常に仕事はある(仕事がないようだとだいぶまずい)。 だが、フリーとしてはその状態にもっていくまでが難しい。 さらに営業などで取られる時間から見れば、「稼ぎが発生する時間」は圧倒的に短くなる。

にもかかわらず、相手は在宅であることを踏まえて時間単価は下げることを要求するし(特に明確なアドバンテージがなければ、フリーランスに依頼することはコスト抑制になると考える)、無茶な要求もする。 会社勤めならオフタイムはオフタイムであることが保証されている(IT業界の場合はそうでもなかったりするし、そのような業界は他にもあるが)が、フリーであればオフタイムであってもビジネスマンであることを要求されることは当たり前にある。

間違いなく楽ではない。 労働自体のエネルギーや、実現困難生を考えれば、明らかに会社勤めよりははるかに難しい。 フリーでやることで得られるメリットをそれでも享受したいのか、あるいは私のように会社勤めができない事情があるのでもなければやるものではないだろう。 まぁ、その他にもすでに圧倒的な評価を得ていて、フリーになったほうが高額な報酬を要求できる立場にある、という場合もあるだろうが、技術に対する対価という感覚が乏しい日本でそれが叶う人は稀だろう。

フリーランスと個人事業主

フリーランスは税制上(法制上)個人事業主だが、近頃私は周りのフリーランスたちとの温度差を感じる。

私がサウンドクリエーターであった時もそうだが、基本的にフリーランスというのは人材だ。 「事業をしている」わけではない。あるいは、自分自身のために事業をしている。 だから、社会が担うことは社会に担わせたままで良いし、会社の中でその一員として働いたりもする。 作る書類も圧倒的に少ないし、「会社に守られて」仕事ができる。

今、私は少なくともAki SI&Eについては、フリーランスというよりは事業主、経営者という意識が強い。 提供するサービスを自分で「作っていかなくては」いけない。 仕事は与えられるものではないのだ。

例えば人のお店で契約労働をするのと、自分でお店を開くのは違う。 自分の会社を作るのと、人の会社に契約社員で入るのとは違う。 同じように、フリーランスと事業主では、やることも考えることもまるで違う。 フリーランスは感覚的にも、実態としても、派遣とあまり変わらない側面があるし、そもそも派遣社員はフリーランスだったりする。 一方、事業を展開する上では否が応にも経営者であることが求められる。

私は、別に経営がしたいわけではないし、むしろAki SI&Eに経営者を求めたいくらいだが。 しかし、それでも新しいものを作りたいからこそのAki SI&Eなのであり、何を届けるかという内容に対して私に裁量があるからこその事業ではある。 人の言われた「作業」をやりたいのではない。 思い切り自分を出せる仕事がないからの事業だ。別に、「私を」使いたいのだという企業が、私を見た条件で雇うというのなら、それでも別にいい。

だが、フリーランスと経営者は違う。 会話における通じなさは、そのあたりの認識の問題だったのだろう。

S/N比

クラウドマッチングサービスの存在は、ある側面でニートに対する救済なのかもしれない。 だが、甘い夢だけを見て舐めきった姿勢で参入することになるので、単にS/N比を下げるだけで、私には害悪に映る。

先日、実際に私が体験した話としては、あるウェブプログラムの制作依頼だったのだが、 仕様も、何を作るのかも全く不明だった。 「表示部分の追加制作」とあったために、「では受付部分とデータベースはすでにあるのか」と確認、その上で「サーバーのファイルに対してアクセスできるのか?」などを質問した。

だが、そもそもそれを受け付けるアプリケーションも、データベースも存在しないという。 「追加」といいながら、追加すべきもとがないし、「表示」といいながら表示すべきものもない。 そして挙句、「難しいことは分からないから他の人に頼む」とのこと。

別に、その話の時点で、持ち込まれても絶対に受けない。 依頼内容に嘘があり、制作範囲も依頼内容と異なる。しかも、仕様は考えてもいない。 こんな地雷は絶対に受けたくないので、その仕事自体は惜しくはない。 (多分、料金も払われないだろう)。

そうではなく、自分が仕事を頼む時に「どのようなご注文ですか?」という質問に対して 「難しいことは分からない」と言ってしまうのがおかしい。

別に、この仕事に限った話ではなく、常に私が言い続けてることだ。 人としてのあり方で、近年許さないと憤怒しているものだ。

考えることから逃げるな

考えて分からないのは仕方ない。 だから、それなら分かるよう努力すべきだ。

そもそも、考えることそのものから逃げ、分からないで誰かなんとかしてくれるのか。 金がある、代わりにやれ。それはそれで分かる。 だが、金は払わないし、何をやってほしいのかも考えない。

私は、人間の定義は思惟にあると信じる。 故に、脳死や激しい認知症などは、人とは何かに苦しむものだと思っている。

考えない生き物は、本当に人間なのか。

人間をナメるな。生きることをナメるな。 生きたければ本気になれ。自らの力で生きることは、片手間にできることじゃない。

自分の脳みそを使って、考えろ!!!

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