音楽は音楽として愛してほしい (ひなビタ♪ 「チョコレートスマイル」を受けて)

ひなビタ♪ というのは、コナミの音楽ゲームシリーズ、 “BEMANI” でコナミオリジナル楽曲シリーズとして提供されているものだ。

ひなビタ♪ を説明するのは結構難しい。 単に楽曲があるわけではなく、webを中心としてメディアミックス展開を前提とした物語があり(webコンテンツ, 漫画, 小説, ラジオなど)、各キャラクターに物語があるだけでなく、各キャラクターには声優によるヴォイスが使われている。 そしてその物語の中で発表される楽曲がBEMANIシリーズに採用される流れである。

キャラクターCDなども販売されているため、アイドルやバンドなどを題材にしたアニメーション(例えば「けいおん」や「ラブライブ」など)と類似のものであると言える。 実際に声優がキャラクターを演じながら歌うものである。

キャラクターコンテンツであるひなビタとBEMANIの楽曲どちらが主でどちらが従なのかというのは非常にわかりにくい。 ひなビタ♪ はプロデューサーがBEMANIシリーズのスタッフであること、ひなビタ♪ コンテンツにはBEMANIロゴが入ることからすれば恐らくBEMANI楽曲のほうが主なのだろう。 実際、ニコニコ大百科を参照するに、「楽曲だけでなく、楽曲ができる過程も楽しもう」ということらしい。

ということはとりあえず楽曲が主だと考えていいのでは。

これとは別に最近のコナミには「ときめきアイドル」というコンテンツもある。 こちらはものすごくどこかで見たことのあるアイドル音楽ゲームのコンテンツなのだが、楽曲はあからさまにキャラクターコンテンツの付属物である。

さて、思うところがあったのは、「チョコレートスマイル」という楽曲を受けてである。

この曲は大変にアイドルチックで、キャラクター総出演、現代的にダンサブルの曲である。私としては大変にグランドフィナーレ感を感じる。 そのためか、早期に実際にダンスを踊る DanceEvolution に収録され、 DanceEvolution では振り付けを示すキャラクターが踊る背景でPVが流れている。このPVは DanceDanceRevolution と BeatStream ではこのPVを使うのだが、このPV時代が DanceEvolution のキャラクターが踊っているシルエットを使ったものになっている。

そしてこのことに対して「イメージが壊れる」という強い批判があるのだ。

これに対しては、私は「すごく嫌だなぁ」と感じる。 イメージというのは楽曲に ひなビタ♪ というコンテンツを重ねて、「ひなビタ♪ のキャラクターが歌っている」というという想像を阻害されるということなのだろう。

だが現代のサブカルチャーコンテンツを考えれば、普通に「踊ってみた動画」なんていうものもあるわけで、特にそれはキャラクターを前提としているわけでもない。 そしてそれは、Vocaloidなどのキャラクターコンテンツと密接な関係があり、現代的なカルチャーや楽曲において重要な要素になっている。 「チョコレートスマイル」のダンサブルな音楽性はあからさまに「踊ってみた動画」を意識しているものであり、それがコンテンツの幅を広げてきたのではないのか。

なにより、音楽を「付属コンテンツ」扱いされる現状が、私はすごく嫌なのだ。 最近は「踊らない音楽」の価値が認められない状況が嫌で、音楽を純粋に(動画ではなく、キャラクターなどのその他の要素もなく)聴いてもらえないということは音楽の滅亡一直線という感じだ。

典型的なのはVocaloidで、純粋にヴォーカルソフトウェアとして使えるはずなのだが、実際にはVocaloidを使うと強制的にそのキャラクターを踏まえることを求められるし、キャラクターらしさというか、「キャラクターが歌っている」ようにしなくてはならなくなる。 これにより結果としては楽器としてのVocaloidの利用は制限されていると考えていい。

しかし、私自身はアニメや漫画は嫌いというわけではないけれども、「キャラクターを実在の人物のように誇大解釈した上でそれに基づいて楽しみ方を制限する」という振る舞いは高圧的でとても嫌いだ。

例えば私はアイドルは基本的に好きではないけれど、アイドルの楽曲の中には好きなものもある。 じゃあそのアイドルのファンでなければその楽曲を聴いてはいけないのだろうか? そのようにコンテンツを選民的、かつ閉鎖的に定義するのはすごく嫌で関わりたくないと思ってしまう。

これは多分、声優に容姿を求める風潮も同じようなもので、コンテンツの多角化が時代の流れとはいえ、コンテンツを純粋に楽しめないのはコンテンツをちゃんと味わわないのと同義で、むしろすごくコンテンツを冒涜するような消費の仕方だと思うし、するなとは言わないけれど私は好きではない。

少なくとも、それを強制はしないでほしいし、できればコンテンツをそのように定義することもしないでほしい。 それは結局のところ違う楽しみ方を排除することにつながってしまうからだ(例えば今のVocaloidのように)。

ひなビタ♪ の曲はとても良いものが多く、音楽ゲームを前提にしているためか演奏して楽しい曲も多い(ドラムマニアだとほぼドラム演奏に近いものになる)。 やっぱり音楽は音楽として楽しんでほしい。 もちろん、なにかコンテンツの一部であってもいいのだけれど、ただ楽曲は楽曲で単独で成立するものだということは理解してほしい。

これは、最近の人に対する見方にも通じるものがある。 人はひとりの人格なのだということを無視することがとても多いけれど、 どのような立場であれ、一個の人でもあるし、全体の一部あるいは何か希望を叶えるために存在するためのもものというような捉え方はしてほしくないものだ。

ちなみに、この楽曲だが、現代的に非常に高度な楽曲である。

ゲーム中は環境にもよるけれどちゃんと音楽は聴こえていないことが多いため、楽曲は脳内補完することになるのだが、脳内補完するときは当然ながら「なるべく無難な状態に寄せる」ことになる。 そのため、このように高度な楽曲だと「思ってたのと全然違う」という事態が起きる。

まずイントロ最後の「てっててん!!」が想像と全く違うコードで「えぇっ!?」となったが、サビ部分のハーモニーは非常に高度だ。 一般的に三度コーラスは(短三度でも長三度でも)とても簡単なのだが、短二度で重ねるというのはかり難しい。サビのハーモニーにはディミニッシュドコードを含んでおり、ハモれと言われても自信ないなぁという難しさである。

さらに多くの人が歌っている楽曲だが、一般的に現代のアイドル楽曲はユニゾンである。 中にはハーモニーらしきものもあるが、「それはハーモニーではない」というようなものも含まれている(つまり、単にずれている)。 あまりにも大勢の女性ヴォーカルというのは非常に聴きづらくなるため、メンバーがいる以上は分割するのだが、1フレーズごとに交代、というような形をとることが多い。 だがこの楽曲はそれよりもはるかに細かく分割されており、最も短いところではわずか3ノートで交代している。

このような手法はすごく現代的だ。コンポーザーとエンジニアが明確に分かれていた時代には難しかったし、「曲ではなく音で音楽を作る」というイマドキの音楽だといっていい。 つまり楽曲的にも音楽的にも非常に高度で、単に難しいことをこねているのではなく、それを聴きやすくキャッチーな形に落とし込んでいるというあたりを含めて素晴らしい曲だと感じる。

非常に速いBPMや、センスが求められる演奏(ドラムパートひとつとっても決められた動きをトレースするのではなくグルーヴを感じながら自然と叩ける技術も必要だし、早くて割と激しいフレーズを軽めに叩く必要もある)など結構マニアックだ。 近年のアイドルソングは非常に単純で退屈なものが多く、リスナーのレベルを下げているということを考えれば、キャッチーだけで耳に入ってくる音楽は高度、というこの楽曲は素晴らしい。

余計なことは考えず、音楽単体としても楽しんでほしい。

About haruka

主宰。
音楽家であり計算機使いであり、ライダーであり声優でもある。

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