ワガママハイスペック/OC (作品の話 → 創作/ゲームと音楽の話)

ゲームについて

あらまし

ワガママハイスペックはまどそふとから2016年に発売されたアダルトゲーム(つまりはエロゲー)である。 OCのほうは翌年に発売されたファンディスクであり、ヒロイン4人のアフターストーリーに加え、あからさまにファンディスクありきに見えたクラス委員長・奏恋を含む3人をヒロイン昇格してストーリーを加えたものになっている。

私がこの作品を知ったのは2016年に秋葉原のメイドカフェ、JAM Akihabaraでコラボしていたことからで、 そのあとAndroidアプリとして配信された体験版をプレイして「すごく面白いな」と感じていた。 ただ、実際にプレイする機会がなく過ぎていたのだが、先日YouTubeで奏恋ルートのプレイ動画を見てとても気に入ったので一気に両作購入となった。

個人的には体験版プレイ時点で一番気になるヒロインが奏恋だったため、OCのほうを本命視していた。 注文したのは同時だが、到着はOCのほうが1日早かった。

なお、私は普段エロゲーをやらない、というかゲーム自体ほとんどやらないので、あまり慣れた話はできない。 ただし、昔エロゲーを含むゲームをバリバリにやっていたことがあるので、事情はある程度知っている。 (そもそも私の仕事のキッカケに絡んでいる)

さらに言えば、オープニングテーマ曲Miracle Heart!が結構好きで、私のドラムの練習曲になっていたりもする。

そんなわけで満を持してプレイしたところ、まぁそれなりに思う処のある作品であった。

お話

本編は最高、OCはよくない

そんなわけで私のクリア順は

  • OC 奏恋
  • かおるこ
  • OC かおるこ
  • OC 千歳
  • 未尋
  • OC 未尋
  • アーシェ
  • OC アーシェ
  • OC 縁
  • 兎亜
  • OC 兎亜

である。

まず、はっきり言っておくと、 本編はすごくよかったけれど、OCは結構ひどいと思う

とても同じ人が書いているとは思えないものだ。 おもしろいかどうかの違いにとどまらず、そもそも指向性が変わってしまっている。

全体的には本編では比較的主人公とクローズドな方向である。仲を深め、距離を縮め、一体として生きていくような結末に向かっていく。 ところがOCでは基本的に自立する、距離を取る方向になっている。

別の言い方をすると、本編では割と背負い込む方向、独り占め方向であるのに対し、OCではぬるま湯でより安易な方向性だ。 エッチシーンでも本編になかった「見られる状況」が増えている。 奏恋も自立を指向する結論はちょっと受け入れがたい感じだったし、OC かおるこ、OC 兎亜に至っては不快に近いレベルだった。 千歳、縁に関しては本編に近いものを感じるが、描写も甘く、無理やりすぎるし、読んでいて楽しいお話ではない。 OC アーシェはそもそも本編アーシェが抱え込んでのすれ違いがあったため近い路線だと言えなくもないが、OCは内容がない。だいたい、OCの中盤の内容は本編終盤の内容を結構台無しにしてしまうものになっている。

OC未尋に同様な問題がないかというとそうでもなく、途中「有名バンドに恋しているような素振りを見せる」というシナリオが入っており、本編の一直線なお話を好んだ人にとっては不快感を感じるようなものであることには変わりない。 もっとも、OC未尋についてはそれ以外に目立った問題点はないのだが。

本当同じ人の作品とは思えないな、と思って確認したらライターは本編は

  • もじゃすびい
  • 陸奥竜介
  • にっし〜
  • 葉山こよーて
  • はと (サブシナリオ)

一方OCは

  • もじゃすびい
  • にっし〜
  • 椿また

となっている。評価は難しいところだ。 奏恋の終盤や未尋のバンド話など際立って違和感がある部分があったりするので、そこらへんはライターの違いかもしれない。

ただ、OCがこのようなお話になることが分かっていたら買わなかったかというとそんなことはなく、少しでも多くこの物語を堪能したいという気持ちはわくので、 不満はありつつもやはりエクストラコンテンツとして購入はするだろうものになっている。 OCが本編だったなら買わなかったかもしれないが、そこは微妙なラインだ。 だから、本編が好きでOCを悩んでいる人がいたならば(今更いるだろうか?)、買って損なしとは言っておく。立ち絵編集もパワーアップしているし。

なお、この作品では各キャラクターが主人公をすごく呼ぶこと、そして個人的に主人公とは指向性が違いすぎることから同一視は難しく感情移入も難しかったので傍観者気分で物語を堪能した。

本編のお話そのものについて

なんと登場キャラクターのほとんどの属性が私が持っている属性だったりして非常に馴染み深かった。

文筆(主人公)、音楽(アーシェ)、プログラミング(兎亜)、先生(縁)についてはプロであるか、プロだったものだし、 趣味程度なら絵(かおるこ)、料理(未尋)もやる。 編集者であったことはないが、出版に関わったことはあるし、監修したりはしているのでまぁまぁ近い。

ちなみに、私も現国がとにかく強くて、勉強なんて特段しなくてもテストで点がとれた。 高校3年の国語の授業は実は一度も受けていないのだが、卒業試験で高得点を取り担当教師に嫌な顔をされたこともある。 一番気持ちがわかるのは主人公だったりする。

本編共通ルートは本当におもしろい。 不快な展開や息苦しい展開になることはなく、ハッピーなお話がずっと続くようになっている。 ヒロインたちのいる生徒会メンバーの絡みはもちろん、男中心になるクラスメンバーの絡みも楽しい。 個人的には虎太郎のお話はあまり好きになれないが、それくらいのもので非常に楽しいストーリーになっている。

個別ルートへの導入に関しては分岐部分から全面的に変わるのではなく、部分的に変わるだけなのがおもしろい。 これは非常に自然だ。

個別ルートに入るとキャラクターに集中した話になるのだが、割と模様が違う。 ここからは手放しでいいとは言えなくなる。

どうもアーシェが最も力が入っているような気がする。 お話として大きいのもあるが、文量も多いように感じたし、スクリプトも手間がかかっていた。 さらに言えば、本編最後でタイトル回収していたりする。 これはOCでも方向が変わらず、OCアーシェのエンディングは作品としてのグランドフィナーレ感がある。

私としては一番好むタイプだったのは未尋だが、一番かわいく感じたのはアーシェだった。 本編アーシェのお話では不覚にも涙してしまった。

ただ、そのアーシェも若干不満はあって、かおるこルートではアーシェはルートに入った時点での好感度は高くない。 未尋ルート、兎亜ルートでは特にその時点でのアーシェの好悪は描かれない(未尋ルートではもう少し進んだ段階でアーシェが明確に好意を抱いていることがわかる)。 ところがアーシェルートでは最初から好感度が高く、気はあるという状態からどんどん親しくなっていくような展開になっている。 どちらかといえばかおるこルートのツンデレ劇場の流れから好感度が上がるほうが自然に感じた。

興味深いのは個別ルートで他のヒロインの好感度に差があることだ。

かおるこルートでは他の誰も特に好感度は高くない。 アーシェルートでは未尋の好感度が高い。未尋ルートではアーシェ、かおることもに気がある状態になっている。 兎亜ルートでは未尋は冗談ではなく側室の立場を受け入れるような話になっており、かおるこも好感度が高い(ただし恋愛感情はない模様)がアーシェはそうでもない。

兎亜に関してはちょっと特殊で、他のヒロインに対する好悪が分かれる。 アーシェに対しては非常に好意的、未尋に至っては本編では「3人で生きていく」という描写すらある。 対してかおるこに対してはあまり肯定的ではなく、奏恋に対しても同様。 千歳に対しては否定的、縁に対しては敵対的だ。

本編では一番最初にクリアしたが、かおるこルートに関してはそれほど良いとは感じなかった。 OCにつながるような味の悪さがある。「違和感がある」のは本編ではかおるこルートだけだ。 そもそも交際後はエッチシーンにつながるものが中心になってしまっていて、お話が薄い。

また、他のキャラクターとの絡みが薄い点も不満だった。 個人的にはイチャラブもいいけれど、賑やかな学園生活の描写が好きだったので、他のキャラクターとの絡みが少ないシナリオはあまり好ましくなかった。

アーシェは前述の通り非常によかった。他のキャラクターとの絡みも多いが、 簡単に展開が予想できるような安っぽさではあるものの、ドラマチックで私はこういうの嫌いじゃない。

未尋はちょっと意外な展開だった。恋愛ストーリーとしては一番好きだったかもしれない。 キャラクター変化自体は予想した方向だったものの、その量がちょっと予想外だった。

兎亜はそもそもキャラクター自体が最初からあまり好きになれず、困ってしまった。 ただ、難しいシナリオだと思う。方向としてはバッドエンド的な方向(他の人と関わりが薄いので一番身近にいる人に閉じたお話になる)か、劇的にキャラクターを変化させるかということになってしまいやすい。 結局は兎亜は兎亜らしくあるまま、少しずつキャラクターを変化させていく。 最終的にはちょっと受け入れられる感じになっていたし、お話としてはかおるこよりはよかったと思う。

エッチシーンは本編、OCともに各4回。ただしシーン数は一定ではない。 私の感想としては「多すぎる」。半分飛ばしながら読んでいたのだが、物語上必要性のない部分は抜いて、お話をもっと充実させてくれたほうが嬉しいなぁ、と思っていた。

OCのお話そのものについて

かおるこについては内容に乏しいし、本編になかった嫌な感じ、不快な感じ、そして緊張感があって良い処が見いだせなかった。 兎亜に至っては本編で築かれた方向性とあまりに違い、もうごく単純に不快だった。最後にほっとさせるような落とし所を用意しているのだが、そこまでの不快さがとうやっても拭えない。本編での兎亜は「わがままだけれど嫌なキャラクターではなかった」のだが、OCの兎亜は嫌なキャラクターだと思う。

未尋は序盤の不快さを無視すれば、だいたい本編の延長線上にあるといっていいだろう。 本編自体がエピソード集のような内容だったので、内容に乏しいことはそれほど気にならなかった。

アーシェはちゃんと本編とつながっていて、前半に違和感が強いこと、青姦してしまうことを除けば満足だった。 ただ、描写としては非常に薄いので、ボリューム不足を感じてしまう。

奏恋は本編個別ルートのようなものを感じる内容だ。 話がどの時系列から分岐しているのか? という疑問が尽きないが、初エッチに至るまでの部分は本編並に非常に良いし、2回目のところまで(「作家という生き物を信用してはいけない」まで)も文句なしだと言っていい。 だが、その次の「ドキドキする?」では若干微妙な感じがあり、「ぶつかる勇気」「それはそれで反応に困ります」は釈然としなかった。 多分、奏恋というキャラクター性に対する落とし所が見つからず、なんとか閉じなければならないので無理やり着地させた、という感じがする。そこまで持ち上げた奏恋というキャラクターの魅力を殺してしまっているのだ。

ただ、奏恋ルートに関してはとにかく「ぶつかる勇気」以降のまとめ方に違和感があったし、帰着点が好みでなかった(本編と方向性が違った)という点を問題視しているのであって、 特に「作家という生き物を信用してはいけない」(の中でも後半)はすごく好きだ。

千歳ルートは、「ヒロインになるんだ」とちょっとびっくりしてしまったが、全体に無理矢理感があった。 実際当初ヒロイン化を想定していなかった、あるいは想定していたとしても具体的なプランがなかったのではないか。 作品全体から見て違和感がとても強い。

縁ルートはダメである。 もう、書き手が明らかに書いていてつまらないと思っているのを感じてしまう。雑だし、書いていて楽しくない(というか、雑な気持ちになっている)のが筆に載っている。 千歳ばりに「あなたの中ではこれが押せる内容なのだな、と思っただけですよ」と言ってやりたくなる。

問題は筆が雑ということなので、不快になるような内容ということではない。 不快になるという意味なら一番は兎亜ルート。言っているのは、「キャラクターの魅力を定義してそのキャラクターが魅力的に見える角度を見せる」という点が欠如しているということなのだ。 言ってみれば、テンプレをなぞっているだけで書いている人の中で魅力を感じていない物語を見せられるのと似た感覚がある。

ゲームとして

アダルトゲームというフォーマットにおいて、「こうあるほうが良い」と思うことのほとんどが実現されていて、「最近のエロゲーってすごいんだ」と感心してしまった。 これは多分、エロゲーをずっとやっていなかった私の感想であって、エロゲーマーの感想とは異なる。

特に大きかったのはエッチシーンにおいて「セリフを言っていない時間、その状況に対して適切な音声を入れる」という仕様だ。 基本的に私はエロゲーのエッチシーンのセリフには醒めるほうなので実用性の評価というのは難しいのだが、そのあたりも踏まえると、またそうでなくムードの維持ということを考えてもこれはあるべきものだと思うし、常々あったほうがいいと思っていた。

それと絡むが、基本的にセリフは重ならないが、重ならない限りは再生される。 送ると続くものが地文であってもセリフは切れるのが当たり前と思っていたので、これはよいと思う。

気になった点は

  • 行き過ぎたとき、見返したいときにバックログではなく逆再生もできるようにしてほしい。シーンを戻るのも、バックログから再生するのもちょっと…という「2、3個飛ばした」ときに不便
  • バックログから音声を再生しているときにバックログを閉じたからといって音声を止めてほしくない
  • エッチシーンでのBGVはシチュエーションにいまひとつあっていないときがあった。特に止めておくべきときが気になる
  • お気に入りに登録したセリフを干渉するためのモードがない。登録時だけ?

各キャラクター3ポーズに各50近い表情があり、非常に表情豊か。 ひとつのセリフの中、また場合によってはセリフの間でも表情を変えるのは、細かなことだが極めて評価できた。 あの面々の絡みが好きな私としては、これがなければおもしろくなかったかもしれないと思うほどに大きい。

音楽、アニメーション

BGMについては「悪くない」という評価以外は難しい。 ひとつのテーマを使いまわして色々な曲を作る、という手法はこの手のゲームにおいては非常に有効だと私は思っているのだけれども、この手の劇伴に関してはちょっと私が知っている人たちとの実力差が気になる。 聴いてて心地よいので問題は何もないのだけど、OSTを延々聴いていたいような作品ではない。

だが、ヴォーカル曲はなにもかも秀逸だ。 まず最初に思うのは「とってもロックだなぁ」だが。 まぁ、強いて言うならOCの兎亜ED曲の暦みくりさんはちょっと微妙なのと、本編EDは担当声優が歌う形だけれど、アーシェ役桜あいねさんとかおるこ役桜乃ひよさんの実力差に苦笑してしまう、というくらいだろうか。

あと、おもしろいのがOCのアーシェEDは一般向け移植版でアーシェ役をやっている櫻川めぐさんが担当している。 だが、OCのアーシェ役は桜あいねさんである。

あなたが音楽の専門家でないのであれば、音楽について説明することはかなり困難を極める。 とりあえずそのあたりの話は後に送ることにしよう。

アニメーションに関しては私にスキルがないので、ということもあるけど、ほんとすごいと思う。 本編のも好きだったけれど、OCのはなかなかやばい。 普通のアニメーションも良いとは思うけれど、私は個人的にアニメーションの簡素化された絵がちょっと苦手で、 OCのアニメーションはリピート再生したくなる魅力がある。このムービーはYouTubeにあるので誰でも見ることができる。 私など細かいところが気になって仕方なくてムービーをコマ送りで見てしまったくらいだ。 このムービーだけでも結構ぐっとくる。

MADを作るときなんかでもそうだけれど、音楽に対してどれぐらい動きを持たせるかというのは難しい部分で、 この感覚が合わないと違和感があってしんどい。 そのあたりがすごく良いと思う。とても自然で、いいテンポを持ったアニメーションになっている。

OCのほうでは2ndを含め表情がぬるぬる動いて目が離せない。 もしゲーム自体で各シーンをこんな見せ方されたらどうなっちゃうのんだろう!?と思うくらいいきいきとしている。 また、本編OPも含めて複数キャラクターがいてカメラアングルが変化する場合には(またズームレベルが変化する場合も)位置関係が変化することになっている。 これはカメラ的に正しいことで、非常に自然に見えるのだが、とすごいなぁ、と思う。

本編OPもなかなか良いと思うし、Miracle Heart!も良い曲だけれど、この部分に関してはOCのほうがずっと良い。 アニメーションの素晴らしさだけでなく楽曲に関しても、Hey Darling!はギタリスト、ベーシスト、ドラマーの全てがにっこりできる稀代の名作である。1

OCのED曲はキャラクターごとに異なり、2各曲はキャラクターを強く意識したものになっている。 もっとキャラクターに寄せることは難しくないだろうと思うのだが、声優に歌わせていないことを含めてこれくらいがいい。 個人的にはキャラソンというのがあまり好きではなくて、本人が歌っているという体だと、「そのキャラクターが歌うだろうか」「歌うとして自身の体験をそのまま反映した歌を歌わせるだろうか」「そもそもその人用に曲を作って歌わせるということの大事さを考えたらなんでそんなことになったのか気になって仕方ない」などあまりにも色々気になって集中できない。 キャラソンは音楽的な追求がどうしても甘くなることを考えても、音楽的な追求の上でキャラクターに寄せるというのはとてもステキだ。

ただ、“EverAfter”と“REAL”に関してはちょっといまひとつ。 局もあまりよくないのだが、特に歌詞が全くキャラクターに寄せていないものになっていて相対的に見れば違和感が強い。 みれば制作者はeye burnとなっており、ここが原因かもしれない。曲を一部Sound Driveに任せなかったのはどういう理由だろうか。 歌詞は2曲とも世界観が似通っていて、センスはちょっと古い。他が秀でているだけにちょっと気になってしまう。

本当にこの作品のテーマ曲はロックしていて素晴らしい。大島はるなさんのCDはまだ入手方法があるのだが3、サントラのほうは既に入手困難である。 本編のサントラは同人即売会向けのアイテムとして販売(ヨドバシカメラなどを含め一般販売もあった)、OCのほうは初回限定盤特典である。

お話をつくるということ

今回このゲームをプレイして思ったのだが、もう結構長い間小説を読んでいなくて、インプット不足になっていた。 それで最近あまり良いお話が書けなくなっていたのだが、お話にたくさん触れ続けることはやっぱり必要だなぁ、と思ったりした。

このゲームでは主人公が物書きである。そのためなにより主人公に共感してしまった。

ただ、私は物語で「書けない」ことに苦労したことは比較的少なく(それでもないわけではなく、いっぱいある)、圧倒的に曲がかけないと苦しんできたので、主人公がスランプに陥ると音楽家として曲が書けなかったときのことを思い出して胃が痛くなった。

もう、この記事を読んでいてわかると思うけれど、私は割と文章を書くのは得意なほうだ。 どこがだ、と思う人は実際に何か書いてみて欲しい。この記事は普通に2万文字とかあるので、改行も空白もなしに原稿用紙50枚分なんて文量があるのだけど、書くのがそれなりに得意な人でないとこの文量はなかなか書けない。 (まぁ、この内容で私がただ文量を書いているだけだと思われるのは悲しいが)

ゲームというプラットフォームは非常に特殊で、基本的に小説の場合話というのは区切りをもって展開しないといけないし、「物語として必要ない要素は書けない」という事情がある。 個人的には日常の描写に力を入れたいと思っていて、E/Egなんかは物語は日常の描写の中で少しずつ進んでいくような構成になっているが、やっぱりそうそう受け入れられない。 このような「日常そのものを描写し続ける」というのは、漫画やアニメではあるのだが、文字が中心になる媒体としてはゲームでしか実現できない。

この形態は割とキャラだよりなところがあって、それは世に溢れているSSなんかを見ればわかると思う。 キャラが強く立っている作品は割と読めるSSが多いだろう。 あれをオリジナルキャラでやると全く読めないものになる。 逆に、キャラが立っていれば結構楽に書ける。だから、小説を書くのと比べればゲームのシナリオを書くのは易しい。 といっても、この場合キャラを立てるところは自分の役目になるわけで、膨大な文量もあって作業自体は楽ではないのだが。

私はあんまりちゃんとプロット立てるほうではなくて、これはプロであれアマチュアであれあまり良いことではないとされている。 ただ、私の場合自分の作品世界に没頭して堪能してからそれを書き起こすようなところがあるので、プロットの段階は「考えている」というよりも「想像している」度合いが強く、プロットを起こすのが難しいのだ。

ただ、要素はメモしておかないと何を盛り込もうとしていたのか忘れてしまうので、メモは必要になる。 これは、ネタ帳にあたるものだ。

書きたいときに書くのと比べ、コンスタントに書くのは間違いなく非常に難しい。 書きたい時に書けばいくらでもいいものが書けるタイプの人であってもできるとは限らないくらい難しいのだ。 私も最近は非常に忙しく、ブログは積極的にflushしていかないと死に稿が増えるので出しているけれど、「お話としてもっとちゃんと練りたかった」ということはよくある。小説のほうは全然出してないし。

ゲームのシナリオで複数人が担当しているとなると難しいところもあるだろうな、と思ったりはする。 それでもOCのクオリティはちょっと受け入れられるものでもないが。

アダルトゲームの音楽、そして音楽を作るということ

音楽はそもそも現在メインストリームが非常につまらないことになっている。 というか、「メインストリーム音楽を特別視する意味がなくなっている」と言ったほうがいいか。

基本的にアニソンなんかはメインストリーム音楽であるとはみなさないのが普通だ。 これは、「音楽が主では無いから」だと言っていい。作品に付随する音楽、あるいは声優という音楽家ではない人の音楽、ということで例え販売があってもメインストリームとはみなさない、ということだ。

では、他の上位にいる人たちはそうでないと言えるのだろうか。AKB系グループや、ジャニーズ系グループは「純然たる音楽家である」と言えるか?

事実上、「メインストリーム音楽か否か」というのは「音楽出版業界の利権構造の中心にいるか否か」であると言えるような状況にあり、本当に主流かどうかというのはあまり関係がないように感じる。

ところが音楽性のある程度の断絶というのは存在する。 特にその「メインストリーム」とされている音楽は化石なようなもので、音楽的進化とは無縁になりつつある。

現在の音楽的進化とは何か、という話をするならば、「上手くなった」というのがまずある。 情報交流がこれほどの革新をもたらすのかと思うほど、みんな上手くなった。 作曲においても色んな人が色んなことを試しているから随分加速した。 そして、演奏技巧の向上によって曲に許される幅が(実際に演奏するか否かによらず)非常に広がった。 だから最新の曲というのは、演奏が非常に難しい曲が多い。

ワガママハイスペックの曲がそこまでの超絶技巧曲というわけではないのだが、間違いなく15年前だったら許されていないくらいのものではある。

昔からアニソンというのは割と超絶技巧寄りな部分があった。 一方、エロゲーの曲というと割とシンプルで作曲技巧寄りの曲が多かった。

だが、「ひとつの楽器をやっていて、それを元に簡単な曲を作る」というような時代ではないため、元々エロゲーにあったようなテイストは失われているように感じる。 もうこれは純粋にロックだろう。ただ、私は曲だけ聞かされたとして「ゲームの曲だね」と判別できるだろうし、歌詞まで含めれば恋愛系ゲームの曲だとも判別できるだろう。

音楽的傾向で言えばLiSAさんに近いと思うのだけれど、その手の音楽にしてはまとめすぎている。 かといってボカロ系からくるようなトリッキーな超絶技巧系でもない。あっちはもっと思い切りのいい変わった曲が多く、曲調にも特徴がある。 ちなみに、声優楽曲はもっとわかりやすい方程式にとらわれているのでよりわかりやすかったりする。

依然として違いはあるが、違いを説明するのは難しくなってきている。 そうなると「音楽の未来はどっちか」ということも気になってくる。

少なくとも今のメインストリームが進むべき方向にはないだろうし、声優音楽も同じように固まりつつあるためあまり未来は感じない。 かといってボカロ系ムーブメントも弱まってしまっているし、「新しいロック」についてもこのまま推していくには幅が足りない。

だが、間違いないのは今の音楽業界はすっかり凝り固まっているので、必要なのは勢いだということだ。 90年代後半も若さと勢いで駆け抜けた音楽の時代があったのだが、それと対比すれば比較にならないほどすごい音楽を作っている。

実際どの曲も上手いので、多分プロ的技巧で作ったもので、アーティスト的勢いで書いたものではない、と言われてしまうだろうけれども、 こういう「プレイヤーが作るような曲」って大事だと思う。私は苦手だからなおさら思う。

ちょっとおもしろいところで言うと、“my little wish” と “Brightness” に関しては80’s ロックの図式だったりして、しかし80’s ロックのコピーバンドとかしていた人がインストのほうを聴いたら「忙しいな」と感じるだろう。 (Sound Driveの田中さんという方は私より年上だったりするのだろうか)

さて、私はそもそも「アダルトゲームで曲を作りたいがために音楽家になった」人なのでこの手のゲーム音楽というのは結構な思い入れがあったりするのだが、結局私は当初のその目標は達成していないので色んなことを思うところがあったりする。 特に私は作曲に関してはさしたる才能もあったわけではないので、本当に苦労したし、苦しんだし、今も苦しんでいる。

私の場合アーシェとはちょっと逆で、演奏に関しては「技巧はないが表現力はある」ということで過剰に評価され、空回りの努力の末に潰れた。 その中で作曲に活路を見出した、という点では似ているが、この時点で「演奏よりは作曲のほうが好きだし、才能もある」と確信していたからやっぱり違う。 そのあたりを考えればアーシェの苦悩はあまりにも軽すぎるのだけど、そこをリアルに描写したらやばいことになってしまうから別にそこは良いだろう。それに、私の場合はそこが唯一の活路であると信じ、生きるために必要だったから、飛び込んでプロになってしまったからこそ苦しかったので、その苦悩はどちらかといえば幸樹のそれのほうが近い。ただ、幸樹の場合その成否が命にかかわらないのでやっぱり軽いのだけど。

音楽を楽しくやれる人は本当に羨ましい。 私にとっては音楽はすがるものであり、生きるために必要な道具であり、ひたすらプレッシャーに押しつぶされてながら続けていたから。

実際のところ状況さえ与えられればいくらでも書けるものなので、アーシェのストーリーは実はそれなりにリアリティがある。 ピアノの技巧が優れていたならば基本的な知識はある可能性が高いので、作曲の知識はそこまでなくてもセンスがあれば作れる。

この作品は本当に楽しかったし、細々としたところまで情熱を感じたから、 私が当初「ここに音楽を作ることで関わりたい」と思った気持ちを思い出してしまったし、「あぁ、こういうののために曲を書きたいなぁ」とすごく思った。

ぶっちゃけ、曲なんて情熱さえあれば、何かに縛られなければ、いくらでも書けるものなんだ。

ここからは余談だけれども、本編で出てきたピアノ、ベーゼンドルファーは現在ヤマハ傘下にある高級ピアノメーカーで、スタインウェイ、ベヒシュタインと並んで御三家と呼ばれている。 私はピアノはスタインウェイが好きなのだが、大きな理由として「ヤマハの鍵盤は重い」という事情がある。私がオルガニストということもあるけれど、割と叩くりが苦手で、ヤマハの場合思い切りがないと表情がつかない。スタインウェイのピアノは軽くて表情がつけやすい…のだが、ベーゼンドルファーはもっともっと繊細である。私には向いているのかもしれないが、腕がとても追いつかない。

ベーゼンドルファーの中で1800万円ほどというとおそらくModel200あたりだろう。 お部屋に置くにはこれ以上ないモデルというか、別に214でもいいかとは思うけれども、この上はセミコンサートになるためお部屋におくものではない。 あと、225になると92鍵盤だったりするので、やはりおうちに置くには向いていない。 Model200がアーシェの言うようにそこらじゅうにあるかというと、そんなことはないと思うのだが。

そして奏恋が売っていたモデルは多分ヤマハCXだろう。 ヤマハのコンサートグランドのテクノロジーを反映した、というのが売り文句で、お値段は175万円から350万円ほど。 ただ、私が知る限りショッピングモールに入るような楽器店ではグランドピアノってまず展示もしていないし、ましてCXみたいな大きなピアノは置いていないのではないか。


  1. 一般的に自分の楽器が強くなってしまう傾向が強いし、そうでなくても自分がやらない楽器で優れた譜面を書くのは難しいので、複数の楽器でおいしいパートが揃っているというのは非常に珍しい。どのパートをやっても楽しく、見せどころがあって満足感のある楽曲というのはいい曲かどうかを差し置いても名作である。

  2. 本編のED曲は「放課後アメージンッKiss」という曲で、各キャラクターの声優さんが歌うという仕様。OPを歌う大島はるなさんバージョンは「ハイスペックDays(パターンB)」のC/Wとして収録。

  3. Amazon Musicで配信がある。

About haruka

主宰。
音楽家であり計算機使いであり、ライダーであり声優でもある。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください