内なる声の話

GIGA ZINEの記事で、内なる声がきこえる人きこえない人がいる、との研究結果。

これは大いに助けになる。

私の場合は、まずふたつある。言語変換をするかどうかだ。

入出力に言語が不要なものであれば、私は言語自体を不要とする。また、入力が文字で、出力がない場合も省略することができる。

私の場合、聴覚の言語有意性の識別能力が著しく低いため、音声で言葉を聞くと変換ラグがかなり大きい。そのため、受け答えに間ができる。ただし、多くの場合は先が読めているから、それと一致する場合は待たなくて良いためラグが生じず、目立たない。

つまり、私にとってロスが最も大きいのは「音声から入ってくる」パターンであり、次いで音声で出ていくパターンである。音声を介さなければ、私の速度はかなり上がる。

そして、言語そのものが除外される場合、比較にならないほどの速度で動作する。それが、「心を読む」と言われるまでの回転速度につながっていた。

論理的ではなく、理路整然と説明することはできない。だが、結論は正確で隙もない、という状態になる。
もちろん完璧ではない。とっちらかってしまう場合もあった。

思索の中で言語を介する場合はどうだろうか。

通常の思考では、断片的に音声となる。これは、音声での再現よりも、思考速度のほうが、さらにいえばタイピングスピードのほうが速いためだ。

この場合は、男性声と女性声の2パターン。読書などでキャラクターが複数いる場合は声色が変わるが、ひとりのひとが演じ分けているような感じになつてしまう。

正確にトレースする場合は、すべて音声再現する。

この場合はその2色に加えて、声優など「そのキャラクターにあてはまる声」が使用される。本人の声で再現されることはごく稀。

このことに関連して、他者との違いに結構悩んだのだが、案外多態であることがわかってホッとしている。

About haruka

主宰。
音楽家であり計算機使いであり、ライダーであり声優でもある。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です